トップページ無料メール相談無料小冊子
健軍院 0120-177-461
宇土院 0120-461-003

宇土市 インプラント 矯正 熊本市 健軍 パール歯科 歯医者

理事長紹介院長・スタッフ紹介当院のこだわり治療の流れクリニック案内設備紹介アクセスマップ

理事長紹介

 

トップページ»  理事長紹介

理事長紹介

理事長:前田 明浩

理事長:前田 明浩

プロフィール

  • 昭和35年5月生まれ
  • 双子座・O型 RH(+)
  • 東京都清瀬市生まれ
  • 清瀬幼稚園
  • 昭和48年 清瀬市立芝山小学校卒業
  • 昭和51年 国立東京学芸大学付属大泉中学校卒業
  • 昭和54年 国立東京学芸大学付属高等学校卒業
  • 昭和61年 鹿児島大学歯学部卒業
  • 昭和61年4月~平成7年3月まで自衛隊に歯科医官として勤務(東京・鹿児島・熊本)
    その間、鹿児島大学歯学部 第2補綴科 矯正科にて研修
    熊本大学医学部歯科口腔外科研修医を経て
  • 平成7年4月 パール歯科クリニック開業
  • 平成9年7月 医療法人エステティックライン設立
  • 平成16年 高知アーク歯科開院
  • 平成18年 熊本インプラント矯正センター開設
  • 平成21年10月 宇士パール歯科クリニック設立
  • 平成24年3月 介護支援専門員 取得
  •  

所属団体

  • 日本口腔インプラント学会 専門医
  • 日本歯周病学会 専門医
  • 国際口腔インプラント学会 認定医
  • 日本臨床歯周病学会 指導医
  • 日本顎咬合学会 認定医
  • 日本矯正歯科学会 会員
  • 厚生労働省認定 臨床研修指導医
  • デンタルコンセプト21会員
  • SJCD会員
  • JIADS会員
  • 日本歯科医師会 熊本県歯科医師会 熊本市歯科医師会 会員
  • 九州歯科大学 福岡歯科大学 北海道医療大学歯学部 臨床研修協力型施設
  • 熊本市学校保健会 理事
  • 熊本市歯科医師会 学校歯科委員会 委員長
  • 熊本県立湧心館高校 学校歯科医
  • 日本糖尿病協会歯科医師登録医
  • スピード矯正研究会
  • 歯科医療情報推進機構
  • 日本摂食・嚥下リハビリテーション学会 会員
  • 日本臨床歯周病学会 インプラントペリオ委員会 委員

趣味・特技

  • テニス(主にルネサンスでしています)
  • スイミング(週に2回位泳いでいます)
  • サイクリング
  • ほふく前進
  • 昔、本格的に習った銃の腕
  • 食べ歩き(美味しいものを食べるのと、お酒を飲むのが大好きです)
  • 行きつけの美容室、帯山にある【ヘアー かのか】
    いつも若々しい髪型にしてもらっています。佐藤さん、ありがとう!
  • お世話になっているパソコン教室 九品寺にあるYSN-スターズ

好きな食べ物

  • 焼肉(彩炉の並カルビがお気に入り)
  • イタメシ(フェデリコ、ボッテガロマーナ、アンティコカステッロ)
  • 和食(こだま)
  • 中華料理(ホテル日航の中華)
  • 寿司(とく寿)
     などが行きつけです。

豆腐、納豆、サラダ、焼き鳥、中華料理、野菜が大好物。嫌いな食べ物はありません。
最近は、スイーツにもはまっています。
フルーツでは、マンゴーとびわが好物。
お酒は、糖質0のビールがお気に入りです。
あと、ちょっと高いのですが…モエ・シャンドンのロゼが大好きです。
焼酎も好きで、黒霧島か島美人をよく飲みます。(安くてくせがないので)
まぁ、アルコールが入っているお酒であれば全般的に何でもOKです(笑)
そんなわけで運動して太らないように注意しています!(週3~4回スポーツクラブに通ってます)

好きな人物

  • EXILE カッコイイ!歌も大好き!
  • 石田純一 男として憧れます!カッコイイ。素足に靴履いて似合う男性になりたい。
  • 高田純次 あんな風に明るい人生を送りたい(笑)
  • 郷 ひろみ ひろみ郷!カッコイイですねー!カラオケで歌っちゃっています!
  • パンツェッタ・ジローラモ カッコイイおっさんモデルです。
  • トムクルーズ
  • 加藤あや子 フジの女子アナ
  • 滝川クリステル 素敵。
  • エジソン 子供の頃は発明家になりたかったです。
  • 松岡修造 明るく、元気でカッコイイです。テニスもうまい。

理事長自分史

鹿児島大学歯学部に入学して初めて大学病院を案内された時、歯科という科は内科や外科みたいに歯科で一つのまとまった科だと思っていた私はあまりにいろんな科が歯科の中にあることを初めて知り、驚きました。

私の父は国家公務員で気象庁に勤めていましたし、母は専業主婦だったので、歯学部に入学したものの歯科業界や歯科医療についての予備知識は全くありませんでした。
何しろ、歯学部を受験したのは実は自分が小学生の頃から虫歯が多くてよく歯医者さんに通っていて、そこの歯医者さんがその当時としてはかなり素敵な医院でネクタイをしてバリっとして診察していてカッコ良かったのに憧れたからなのです!

出身は東京の清瀬市という都心から私鉄で30分位西にある住宅街なのでその当時そんな素敵な歯医者さんは市内にそこしかありませんでした。 ちなみに幼稚園は清瀬幼稚園、小学校は清瀬市立芝山小学校に行きました。
その頃は体がでかい方で小学校六年生の時には朝日新聞主催の健康優良児童準日本一というのになりました。
そのご褒美はなんと皇居に入り、今は亡き昭和天皇ご夫妻の面前に並び直接お祝いのお言葉をいただいたのは今でも鮮明に覚えています。
両親もいたく感動し自慢していました。

大学入学後は憧れと現実の歯学部の勉強厳しさとのギャップにもめげず何とか6年間頑張って大学を卒業しました。
しかし卒業が近づくにつれて歯科は医科と違ってあまりにいろんな科に分かれていては患者様にとってはよく分からないし不便だなとの思いが強くなりました。そして歯科医は歯科に関する治療はできるだけ全部自分でできないといけないな、と考えるようになりました。

そこで卒業後はまず、外科を中心にいろんな研修が可能な東京世田谷の自衛隊中央病院の歯科に就職しました。
地元の東京に一旦は帰りたいという思いと卒業後しっかり研修したいとの思いで敢えて大学や開業医さんではなくこちらに就職しました。
自衛隊中央病院は歯科医だけで20人程いてその頃にはまだ国の制度としては無かった研修医制度が既にありました。
そしてもちろん自衛隊病院の歯科なので口腔外科や全身麻酔の研修も組まれていました。 さらにアメリカ軍の座間キャンプにあるアメリカ軍付属病院歯科での軍医さんからの研修もありました。アメリカの矯正を含む先進的な歯科治療を学ばせてもらいました。
ここではなんと矯正医は月に一回アメリカ本土から軍用機に乗って現れました!あまりにかっこよく私にとっての矯正治療を学ぶ上でへの大きな動機付けとなりました。
自衛隊中央病院での二年間で基本的な歯科治療を学んだと共に医科の麻酔医の指導の下で全身麻酔を二十症例経験させてもらったり難しい埋伏歯の抜歯や骨折の手術など多くの口腔外科処置も経験させてもらいました。
さらには、歯科医師とはいえ、やはりそこには陸上自衛隊の一員ですので富士の演習場に行って戦闘訓練に参加し、頭の上を実弾が飛びかう野原をほふく前進したり、六四式小銃の実射訓練をしたり、野戦病院を作ったりもしました。
日本でも数少ない実射射撃の上手い(本当です)歯科医師だと自負しております!

さてこの二年間の研修医期間が終わった後、一旦出身大学のある鹿児島に転属しました。
ここでは自衛隊国分の医務室に勤務しながら母校鹿児島大学の第二補綴科に在籍し噛み合わせや義歯の勉強をしました。
翌年転属で初めて熊本に勤務することになりました。ここでは自衛隊熊本病院の歯科に勤務し臨床の腕を磨くと共に鹿児島大学歯学部の矯正学教室にいよいよ本格的に矯正歯科の勉強を始めました。同時に地元の熊本大学医学部歯科口腔外科の研修医となりさらに外科系の知識と技術を教えていただきました。
熊本病院勤務中には何度も耳鼻科の先生の副鼻腔炎の手術のアシスタントをさせてもらいました。
その経験が今のインプラント手術でのサイナスリフトの技術につながりました。そして自衛隊の熊本病院に五年間勤務し、1995年に健軍の電停前にテナントで開業しました。

開業後はやはり毎週鹿児島大学に通って矯正を学んだり、歯周病治療やインプラントも勉強しました。その頃はまだ九州自動車道が人吉までしか通じておらず、また新幹線も無かったので鹿児島まで片道四時間位かかっていました。
でも矯正が習える喜びで苦になりませんでした。
ただたくさん勉強したいことが増えて医院を閉めないといけないことが出てきました。
勉強はしたいけど患者様にご迷惑をかけたくない、医院を閉めたくないとの思いから開業の二年後に鹿児島大学の後輩に勤務医として来てもらいました。
彼は高知市でアーク歯科を開業し立派に運営しています。
勤務医に入ってもらったことで勉強にもブーストがかかり、それこそ片っ端からいいと思った勉強会には出席しまくりました。
平日は診療、週末は研修の繰り返しでした。もっともこのパターンは今でも続けています(苦笑)

2002年の春、健軍電停前のテナントから現在地に移転しました。
日本一歯医者らしくない素敵な医院を作ろう!と燃えて設計しました。
実は外観の丸い感じとかは全て私自身が書いたイメージスケッチを元に創ったもので前田オリジナルなんですよ。
託児ルームも二階の日当たりのいい所にテラス付で広々と造りました。

移転後は特にインプラントと矯正と歯周病の治療に力を注ぎ、各学会の専門医の取得や衛生士の認定資格の取得にも尽力しました。また自分の年齢が上がると共に父親の介護の経験から訪問歯科診療の必要性を痛感し、2006年から訪問歯科診療も始めました。
実は私の父親は私が高校二年生の夏に脳溢血で倒れ、その後長らく半身不随となり母が自宅で介護していました。
現在と違い、介護環境が整っていなかったので母を始め家族での介護が大変だったと記憶しています。
東京に帰ると食べかすだらけの父の口を見て何とかできないのだろうかと思いながら歯磨きをしてあげていたことを思い出します。
託児サービスも訪問診療も自分が困ったりあるといいなと感じたことがきっかけで始めました。

同じく2006年の秋にはオールオンフォーという特別なインプラント治療を勉強しに開発者であるポールマロ先生の下にポルトガルまで研修に行って参りました。またこの時に飛行機でたまたま乗り合わせだった縁から日本でのオールオンフォー第一人者である東京の岸病院高度インプラントセンターの下尾千之より多くのことをずっと教えていただいています。
そして最近は大学入学当時からの思いだった総合歯科治療が少しずつ実を結び始めたなと思っています。インプラント、矯正、歯周病、虫歯治療、歯科金属アレルギーへの対応、いびきや睡眠時無呼吸症候群への対応、ホワイトニング、マウスガード、などの各治療方法を患者様ごとに最適に組み合わせて治療することで、全身の中の口腔としての複雑に関係しあったお口の病気に対して絡まった糸を一本ずつほどいていくような治療が可能になってきているのを実感しているからです。

しかし、ここまで歯科全体のことを学んだからこそ最近思うことがあります。
やはり歯科医師には得意分野や不得意分野があるという当たり前の事です。
例えば、脳外科医の医師が全身の知識はあっても整形外科の手術をしないのと似ているかもしれません。
歯科は医科と違うからと思っていましたが歯科の知識や技術もやはり相当広く、そして深いものでした。
私の場合最近歯科全体の知識はやっとおおまか身に付けてこれたと思ってはいます。
しかし私の得意分野はと言われたら、インプラント手術を含めた歯科口腔外科治療と矯正治療です。
そんな私ですがこれからもパール歯科にお越しになった患者様一人一人に最適な治療と快適な診療サービスを提供し、お口の健康を通じて幸せな笑顔と楽しい食生活のお手伝いをして参ります。

お口の中の環境は生活環境も示唆します。

教育現場で「食育」という言葉が使われ始めてから大分時間が経ったように思います。
食育とはその名の通り毎日の規則正しく、栄養バランスのいい、楽しい食事の内容や環境を通して子供たちの健康な発育の一助としていこうという考えだと理解しています。

さて、その食育のプラス面については教育者なら誰しもが認めるところだと思います。ところが、優れた食事の内容や食事を摂る際の良好な環境が成長、発育に好影響を持つということはその逆もまたありえると言えると思います。
今回は、歯科医という他人の口腔内を見る機会の多い仕事柄から思うことを書かせていただきます。

学校では給食という素晴らしい食育の場があります。しかしそれは子供たちにとっては数多くの食事の場の一部でしかありません。その為残念ながら家庭での食事や食事の際の環境があまり良くないと子供たちの口腔内にその兆候が観察されることがあります。
できれば毎年の歯科検診の結果を単に虫歯が多いから早くちゃんと歯医者さんに行きなさい!というだけのものではなくその子の家庭環境を映す鏡の一部としての捉え方もしていただけたら毎年多大な労力や費用を使って行われる歯科検診に新しい重要な意味合いが加わるかと思います。 毎日診察室で診療をしていると多くの患者様に接します。確かに何本もの歯がなくなってしまっていたり、高度の歯周病で歯茎が腫れたり、何本もの歯を失いかけている患者様もいらっしゃいます。しかしその方々は今までの行動などに少なからず後悔や反省をしてご自身や保護者の意思で前向きにいやな歯科治療に来られています。その為たとえ現状が悪くても通院患者様はある意味安心できる方々です。
しかし子供で、しかも食事内容や食事環境等の理由で虫歯や歯肉炎が進行している場合は本人の意思だけでは改善していくことができません。 毎日が極めて多忙な教育現場の先生方にとっては大変かと思いますが家庭環境に問題をはらんでいたり、食事内容や食事環境が優れないと明らかに虫歯が増え、歯肉炎も悪化します。そして多数歯の虫歯や歯肉炎からくる不正な噛み合わせは不定愁訴や落ち着きのなさ、成績低下にもつながる可能性があります。

私もこのようなものの見方は学校保健会に参加させていただいてから学ばせていただきました。
毎年の歯科検診で虫歯が多かったり歯肉炎が認められる子供たちに今までとはまた少し違った観点から観察してみませんか?
子供からのSOSの信号が隠れているかもしれませんから。